選手紹介★佐藤勝利さん【前編】

本県アマチュア将棋ぷれ~や~のみなさん、
佐藤勝利さんのイメージはどんな感じでしょうか?
さいきょうせん
※写真はH28.最強戦の山形新聞からの転載です。

 ・置賜地区の代表で毎回県大会に来るおじいちゃん
 ・椅子にちょこんと座って早指しスタイルなので闘志があるのかわからない
 ・寡黙でシャイなおじいちゃんなので人物像がわからない。
大方こんな感じでしょうか? 謎が謎を呼ぶ佐藤勝利さん、

  家族は?仕事は?棋歴等、歴史ヒストリアしていきたいと思います!

◎生い立ち
 勝利さんは米沢の老舗菓子店「共楽堂」の長男として生まれました。
みせ とむ
 祖父がとても将棋好きで勝利さんには将棋で名を残してもらいたいと思っていたようでした。
 だから「勝利」というの名前なのかと思った方、違ったみたいです。
 正解は勝利さん本人に確認してみてください(笑)

 6歳で将棋を始めた勝利さんは学業も大変優秀で中学時代は1番の成績、特に数学が好きだったようです。
しかし、いくらテストで100点を取っても家業を継がねばならぬ宿命、進学を親から認めてもらえず絶望したそうです。

 1958年に中学を卒業すると午前中は家業見習い、午後から将棋道場で修行という日々。
この間、同級生の制服姿を見る気持ちになれずわざと遠回りをしたり、親に内緒で数学講座を録画して勉強していたようでした。う~~ん、私は勝利さんが進学出来なかったのが本当に悔しくて悔しくて仕方なかったんだと思いました。
それに比べたら今の世は恵まれますよね…。

◎ 才能の時代
当時の山形県将棋界は、後に全国制覇をする土岐田・西沢 両巨頭の時代でした。
 そこに高沢さんや歌丸さん、小野さんに小松さんなど県代表クラスの強豪がひしめきあっておりまさに修羅の世界だったと思います。今と違って棋書も充実しておらずCOMも無いので必要なのは才能、それしかありませんでした。

 学業に関しては理解を得られなかった勝利さんですが、将棋は思う存分やって良いという環境で夜まで将棋道場で切磋琢磨していました。
 そしてついに 中学卒業から5年後の昭和39年、勝利さんは21歳で選手権優勝。祖父は非常に喜び朝刊が来る朝4時頃には家の郵便受けで待機していたとの事。いつの時代もこうした光景は変わりませんね(笑)。

 そして23歳~27歳まで両巨頭の壁に阻まれながらも毎年2位or3位という連続入賞記録を築き上げます。 
 
 勝利さんは、東北六県大会に関しては「土岐田・西沢さんの2人がいれば3人目は誰が出ても同じ」と仰っていましたが、ご自身も24歳と27歳の時に先鋒戦で優勝するなど東北屈指の強豪であることを証明されたのでした。

◎ 謎の空白期間
今回、勝利さんの県内主要大会の入賞歴を調べるにあたり永澤孝さんのサイトを参考にさせていただいております。
 http://www.ne.jp/asahi/yamagata/endai/
このサイトの特徴はエクセルで情報が手に入る事。ですので↓のように簡単に整理することが出来ます。
選手権 あまめい 六軒

 さて、勝利さんは27歳以降、県大会入賞の檜舞台から姿を消すのですが何があったのでしょうか。そこで、『背中で語る男達』(文芸社/落合晴信 著/2004年4月15日初版)を読んでみますと、
背中で語る せなかかたる
親が将棋に夢中な勝利さんを心配して見合い結婚をさせた」という記述がありました。
これは現代でも将棋関係者におかれましてはファインプレーですよね(笑)

◎ 米沢から県名人
そして、一男・二女に恵まれめでたく将棋卒業かと思いきやそうでもなかったみたいです!
データは語ります、32歳から怒涛の県大会入賞ラッシュが始まり、再び東北大会の先鋒戦優勝で健在をアピール。昭和57年、39歳でついに土岐田氏を破り県名人のタイトルを獲得。41歳と43歳の時にも県名人・48歳で東北大会副将戦優勝、まさに円熟の刻

◎親としての勝利さん
 ここからさらに将棋にのめり込むかと思いきや、転機。
佐藤さんは、子どもが大きくなるにつれ 自分が進学出来なかった悔しい思い出をマグマが煮えたぎるようにふつふつと思い出しました。
そこで「3名全員大学に入れる」と決意。
 勝利さんのお店は大正時代から100年続く老舗の甘納豆屋さんであるが、本人曰く地元の小さなお店。
それでも佐藤さんは、金融機関を回り金の工面に奔走。1袋300円の甘納豆を一体いくつ売ればよいのか、数学の得意な勝利さんならなおさら分かる話だったと思います。

◎運命の出会い
妙なお客さんが2日連続で甘納豆を買いに来たときの事。
勝利さんは税務署の職員かと警戒していたようでしたが、実は一流デパート「大沼米沢店」の店長だったという。そしてその人こそ後に『背中で語る男達』の著者となる落合氏だった。

氏は、勝利さんの甘納豆の柔らかさに感激してこう聞いたという。
「固くなったらどうするんですか?」
「投げるしかないです」
「(固くならないように)食品添加物は使わないんですか?」
そんなもの知りません」。

当時、大手食品メーカーの甘納豆が流通していたが食品添加物のせいでイマイチ美味しくなかった。そこで落合氏は、「本物の甘納豆」とし菓子コーナーの一角へ勝利さんを招待した。
ふうきまめあまなああとう
勿論、テナント料は無料。これが、自分のお店以上に売れるという勝利を記録。
大沼で
甘納豆を売る勝利さん。戦場は盤上から大沼へ(笑)。


後編へ続く!
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